重要なかゆみの原因
お尻のかゆみの原因としては、次のものが挙げられます。
このうち、当院を受診される患者様で圧倒的に多いのが、肛門そう痒症です。肛門そう痒症を軸に据えて、肛門のかゆみについて解説します。
肛門そう痒症
肛門そう痒症とは、掻く、こする、洗う行為によって生じる症状です。肛門そう痒症の症状は、いわゆる皮膚病ではなく、患者様自身が作った皮疹です。治療にあたって、この点が重要であることを最初に明記しておきます。
病態
肛門そう痒症は、本質的には、掻く、こする、洗う行為による皮膚のトラブルです。
- 掻くことで、皮膚には細かい傷ができます。この傷は、痛がゆさや、かゆみの一因です。
- こするだけでも、掻くのと同じように皮膚にはわずかに傷ができ、かゆみを引き起こします。
- 一方、洗うと皮脂を落とすことになり、皮脂が減ると皮膚にかゆみが発生する要因になります。
皮膚科領域における最近の研究によって、皮脂が減って皮膚バリアが減弱した状態では、かゆみと認識される刺激の伝達に関与する神経の働きが、異常に高まることが明らかになりました。
そのうえで、肛門そう痒症の患者様は、「かゆいから掻く、掻くからかゆみが増す」という悪循環に陥っている点が極めて重要です。
根本原因
肛門そう痒症の原因は、掻く、こする、洗うことにあり、すべてやめることができれば、完治するはずです。それでは、いったいなぜ、これらの動作をやめられないのでしょうか。
純粋に「かゆいから、掻く」のでしょう。上述した「かゆいから掻く、掻くからかゆみが増す」という悪循環は、かゆみを悪化させる最大の要因です。
過度に温水洗浄便座やお風呂で洗う、あるいはトイレットペーパーで拭くのは、なぜなのか。
このような問いには、多くの患者様が「便のキレが悪く、肛門に付いてきれいにならないから」と答えます。つまり、本人は仕方なくしていることなのです。
それでは、なぜ便のキレが悪いのでしょうか。当院では、「完全に排便できていない」ことが原因だと捉えています。
具体的には、直腸内に便が残ったまま肛門で締め付けて便を切り離し、そのまま排便を終えてしまいます。いくら拭いても肛門に挟まった便を取り切れず、結果として洗うという行動に繋がってしまうのです。
症状
かゆみ
最初のうちは、主に排便後と入浴後、夜間などに、肛門がモゾモゾする感じやムズムズする感じが生じます。悪化するにつれて、昼間でもヒリヒリする感じや痛がゆい感じがするようになり、かゆみが原因で眠れなくなる、あるいは眠っても途中で目覚めることもあります。
皮膚の変化(皮疹)
はじめは、掻いた部分に掻き傷やびらんができたり、赤みを帯びたり、むくみや腫れが出たりするのが主な変化です。それが長引くと、皮膚の色が黒っぽく変化したり(色素沈着)、逆に白っぽく変化したりする(色素脱失)場合があります。しかし、皮膚にはほとんど変化が見られない例もあることを添えておきます。
治療
当院における治療の基本は、以下の3つです。
①ステロイド外用剤漸減療法
湿疹に使用するお薬は、ステロイド外用剤です。このお薬には副作用が知られているため、通常は3週間で中止できるように用量を決定します。ステロイド外用剤を中止した後、薬効成分を含まない軟膏で皮膚を保護します。
②お尻を適切に手入れする
適切な方法でお尻の手入れをするには便通を整えることが大前提になりますので、併せて参考にしてください。
洗浄の禁止
皮脂を落としすぎないようにするために、肛門の洗浄を控えてください。入浴時に石鹸で洗う、手でこすって洗う、シャワーで肛門を洗う、温水洗浄便座を使用することも、いずれも禁止です。湯船に浸かる前に軽く湯を浴びたり、湯船に浸かったりすること自体は、お湯に勢いがないためあまり心配はいりません。
3回以上拭かない
排便後に温水洗浄便座を使えない以上、必然的に、トイレットペーパーを使うことになります。その際、できるだけ力を入れず、軽く押さえて拭くようにします。3回以内でトイレットペーパーに便が付着しないようになれば、お尻の手入れとしては理想的です。もし3回目でも便が付着するようなら、肛門内に便が残っていることになります。このような場合、かゆみの再発を防ぐには、まずは便通を整える必要があります。
ウェットティッシュやお尻拭きなどを避ける
市販のウェットティッシュ、清浄綿、お尻拭き、肛門専用スプレーなどを使用すると、皮脂を落としすぎになることに加えて、かぶれを誘発する結果にもなり得ます。
消毒を避ける
消毒用アルコール、オキシドール、マキロンなどで消毒をすると、汚染や感染の原因になる細菌だけでなく皮膚にとって必要な菌まで死滅します。長い目で見れば、ほとんどの場合に消毒は有害です。
③便通を整える
当院では、かゆみの根本的な原因は「完全に排便できていない」ことだと捉えています。注意が必要なのは、患者様ご自身が便秘ではないと思っていても、診察してみると出残り便秘だと判断される例が少なからずあることです。そこで、誰にでも簡単に判断できる基準を示すと、「肛門をトイレットペーパーで拭いて、3回以内で便が付着しなくなるか否か」ということが挙げられます。3回目でも便が付着する場合は、高い確率で肛門内に便が残っていると考えられます。かゆみだけであれば、お尻を適切に手入れしてステロイド外用剤も使用すれば対処できますが、肛門のかゆみを繰り返さないように予防するには、便通を整えることは不可欠です。
真菌症(白癬症・カンジダ症)
真菌とは、カンジダや水虫の仲間です。肛門の皮膚が真菌に感染すると、かゆみが誘発される場合があります。学術書には、「肛門のかゆみは真菌症による」と読めるような書き方がなされていますが、当院での診療経験でかゆみの原因が肛門の真菌症にあることは少なく、大半が肛門そう痒症です。当院では、ほとんどの場合に真菌症特有の見た目を基準に診断し、真菌症の可能性があると判断した場合には、抗真菌剤の軟膏を使用して治療します。なお、肛門そう痒症に処方されるステロイド剤と抗真菌剤とを併用すると、それぞれのお薬の効果が弱まるため、両者を併用することはありません。
痔によるかゆみ
いぼ痔(痔核・脱肛)、切れ痔(裂肛)、痔ろう(あな痔)は三大痔疾患と呼ばれ、いずれもかゆみを引き起こす場合があります。
痔ろう(あな痔)
痔ろうとは、肛門が化膿して生じる疾患です。主な症状として、膿が出ることが挙げられます。膿が多くなると膿そのものがべたつき感に繋がるのに対し、膿が極めて少量であれば、膿による刺激でかゆみだけが生じる場合もあります。
がんによるかゆみ
どのような治療をしても肛門の「ただれ」や「かゆみ」が改善されない場合、皮膚科での検査が必要です。肛門そう痒症ではなく皮膚がんの可能性があるためで、実際にそのような症例も存在します。皮膚がんについては、専門の施設で治療します。